「学ぶ」ということの本質。

世の中には、色々な「教え」というものがある。

リアル筋力然り、ボディビル然り。


その一つ一つは、間違いではない。

と言うか、その世界に特化すれば正解である。



だが、

それは、自分にとっての正解ではない。


自分にとっての正解というのは、

自らの力で探し出すもの。



そのために、

世の中の教えを、全て情報と捉える。


一つの教えに固執せず、

あらゆる情報を集めて、比較検討するのである。




ここだけの話・・・(笑)


一時期は、

リアル筋力の中に入ろう、と考えたこともあった。

(仕事としてジム経営を考えたってこと)


深夜の高速バスで滋賀の鍛錬本店に行き、大岡さんと会って話を聞いたし

片道2時間以上かけて、大森海岸の鍛錬直営ジムにも毎週通った。


でも、ある時ふと思った。

「このままだと、情報として捉えられなくなる」

と。



それは、オフロードバイクテクニックでも同じ。


自分は、ベストテクを学ぶ者としては異端だ。

間違いなく、テクニックのベースはベストテクではあるが

中には入らない。


その理由も同じく、

情報として捉えられなくなるから。




もちろん、教えを素直に学ぶことも大切だ。

それが、自分にとってのベースになるから。


疑問を持たず、

教えられたことだけを、ただひたすらに考えて実践する。


自分は、ベストテクでもリアル筋力でもボディビルでもそうしてきたし

それが、自分にとっての正解を探す上での基礎となっている。



つまり・・・

教えというのは、「情報であり、基礎である」ということ。


最初は、基礎をしっかりと固めて

その上に、自分にとっての正解という応用を構築する。



教えという「基礎」

自分にとっての正解という「応用」


この2つのポイントを抑えることが、

「学ぶ」ということの本質である。



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